「だれしもが活躍できるように」。そんな願いのような一文に含まれる「だれしも」という言葉には私も、そしてあなたも含まれている。
活躍できるってなんだろう?逆に活躍できていない状態ってどんなだろう?「あなたは今活躍していますか?」と聞かれたらすぐには答えにくいかもしれないけれど、これから自分らしくやりたいことを選んで活躍できたらどんなに素敵だろうか。
今回のソウゾウの森会議は、そんなわくわくする未来を実現するためのヒントを得る時間にできるかもしれない。
だれもが自由に出入りできる倉庫
気持ちのよい秋晴れの午後、第16回ソウゾウの森会議がヤマキウ南倉庫で開催された。
大きな倉庫をリノベーションすることで生まれたヤマキウ南倉庫の1階には、グローサリーストアや花屋、アウトドアショップなどが立ち並び、休日である当日は老若男女問わず多くの人が出入りしていた。店々にぐるりと囲まれるようなかたちで中央にあるのが「KAMENOCHO HALL KO-EN」と呼ばれる広場、ここが今回の会場となる。「誰もが思うままに出入りできる倉庫」をコンセプトとして運営されているヤマキウ南倉庫は、今回のテーマ「だれしもが活躍できるように」にぴったりだ。
その場に集まった参加者は10代〜50代の幅広い世代、男女の比率は半々くらい。顔見知りの人も、はじめましての人もいて、どんな考えを持っているのか聞けるのが楽しみだ。席は自由、用意されていたテーブルを囲むように座ると、ソウゾウの森会議が始まった。
今回のソウゾウの森会議、前半は地域主催者とゲストによる自己紹介を兼ねたプレゼンテーションとパネルディスカッションを「聴く」、後半はワールドカフェ形式で参加者全員で「考えて、話す」という、2部構成で進んでいく。
倉庫に関わる2人の女性
まずは、今回のゲストである株式会社MARBLiNG(2024年10月に合同会社から組織変更)共同代表の矢野淳さんのプレゼンテーションからスタート。渋滞の影響で新幹線に乗れず、福島県飯舘村から車で4時間かけてやってきたというバイタリティの持ち主。
矢野さんは東京で生まれ育ったが、父が東日本大震災後に認定NPO法人「ふくしま再生の会」を飯舘村村⺠と協働で立ち上げたことがきっかけで、高校生の頃より村と関わりを持つ。進学先の東京藝術大学美術学部建築科でも、飯舘村を題材に卒業制作を行った。
飯館村は、福島第一原子力発電所事故を発端とする放射能汚染により住民が避難を余儀なくされた場所だ。2017年に避難が解除され少しずつ人が戻ってきたが、2024年9月時点でも帰村率は25%ほど、人口は約1,500人。そんな特殊な変化を遂げた飯館村で、大学を卒業した矢野さんは、震災のあと放置されていたホームセンターのリノベーションに、村の人たちと一緒に取り組んだ。そうして生まれた「図図倉庫(ずっとそーこ)」は、地域の人が集うことができ、シェアオフィスがあり、水生栽培の実験やアート作品の展示など様々な活動が行われる秘密基地のような空間。現在は図図倉庫を拠点に科学者、学生、村人、ボランティアの人などとともに世代や分野の垣根を越えて地域環境づくりを行っている。
話の中にあった「被災者・支援者のような関係性ではなく、みんなが自分ごととして課題に向き合うことが本当の意味で持続可能な復興」という矢野さんの発言がとても印象的だった。この活動は復興のために「やってあげている」ことではなく、自身の「やりたいこと」としてやっている。彼女の姿勢には周りの人が一緒にやってみようという気にさせる力があるのだろう。
続いて、地域主催者である株式会社See Visionsの山本美雪子さんによるプレゼンテーション。
山本さんは秋田市新屋の生まれ育ち。幼い頃から身近だった町の商店街が次々と閉店していくことに危機感を覚え、まちづくりについて学べる横浜の大学を進学先として選んだ。卒業を控える中「いつかは秋田に帰るけど、数年は都会で働こう」と思って就職活動をしていたが、「もし秋田で働くなら」と数少ない候補の1つだったSee Visionsでインターンをするうちに「秋田に帰ることを先延ばしにする理由がないかもしれない」と、卒業後すぐに秋田に戻ってきた。
秋田では一度東京に出て働くのが良いとされる傾向があるのをうっすらと感じることがある。山本さんが数年は都会で働こうと思った背景には、無意識にそのような風潮が作用していたのだろうか。
山本さんは、秋田に戻ってきてから現在に至るまで、本日の会場であるヤマキウ南倉庫の運営を担当している。また、空き家活用促進のため宅地建物取引士の資格を自ら取得し、「あける不動産」を社内ベンチャーとして開業。将来的に空き家を活用することで小商いを増やし、商店街がいきいきとする町を復活させて「町で暮らす」を実現することによるシビックプライド(※1)の醸成を目指している。
秋田のみならず地方都市では大手のチェーン店が大通り沿いに並んでいたり、車社会のため広い駐車場を囲んでお店が並ぶオープンモール型の商業施設などが多かったりと、人の顔が見える小商いは少ない。人となりがわかる町の中での経済を回すこと、すなわち「町で暮らす」ことができたら素敵だろうなと聞いていてわくわくした。
2人の話に共通するのは、復興・復活と聞くと社会を良くする慈善事業だと捉えられがちだが、「社会のため、人のためにやっている」というよりも「自分が楽しいからやっている」という点だった。
※1 住民が住んでいる地域や自治体に誇りや愛着を持つこと
「地方で働く女性」として感じる違和感
続くパネルディスカッションでは、ファシリテーターが投げかける問いに対して「地方で働く女性」である2人が答えていく。
「地方で暮らすなかで違和感を感じる昔からの風習はありますか」という問いからスタート。都市で生活した経験がある2人にとって、何かしらひっかかるものの1つや2つはあるだろう。男尊女卑の文化や年功序列などの伝統は、地方の方が色濃く残るイメージがある。
「村にいる夫婦の話なんですけど、妻が当たり前のようにお財布を持っていなかったんです。夫は特に亭主関白やモラハラでもないのに」と矢野さん。女性が自分で自由にお金を使う権利がないということ。いつの時代だろうかという衝撃のエピソードに、日本の中でも本当に知らない世界がまだまだあるのだと思い知らされた。
一方の山本さんは「私自身は体験していないのですが、町内会の会合でお茶をペットボトルで用意すればいいものをわざわざ女性が急須で入れなきゃいけないとか、男性陣がゆっくりお酒を飲んでる中で女性は働いているとか、そんな話は聞いたことがあります。。そういう点では都会の方が良い意味で淡泊、楽なのかなと思います」との回答。自身の体験ではそこまで気にすることはないとのことで、時代が変わってきているのかなと少し安心した。
次は「物事を自分で選んで進むうえで、地方であることや女性であることが弊害になることはありますか?」という質問。後半のワールドカフェにもつながる問いだ。
矢野さんは、飯館村に来た大学生の話を例に「地方で働くこと」についてまず触れる。「親から弁護士になりなさいと決められたレールを走ってきた子が、村に来て自分のやりたいことは哲学なのかもしれないと気づいて、生まれて初めて親と喧嘩したそうなんです。都会の方が選択肢が多いとされているけれど、一概にそうとも言えないことに気づきました。地方・都会での違いというよりは、自分がいる環境と違った場所に行くことで視野が広がることがあると思います。」
また、女性であることの弊害については、あえて言うならと「早く結婚しなさい」と言われることを挙げた矢野さん。よく聞く話だが「女性は早く結婚するもの」という古い概念をいまだに言う人は親切心で言っているような気がする。発言に対して「よくないですよ」と正さないことは見捨てるようで優しさに欠けるかもしれないが、いちいちかまっているとこちらの精神が疲労してしまう。矢野さん自身も聞かない姿勢を保っているとのこと。
山本さんからは「自由にさせてくれる環境や性格の頑固さもあるけれど、これまでは自分で選んで納得した決断をすることができてきました。今後ライフステージや病気などで変わってくるかもしれませんが、今のところ地方で働くこと、女性であることを特に意識することなく来れました」との回答。勇気をもらえる明るい発言だ。
2人の「地方で働く女性」としてネガティブな経験は特にないという話に驚くと同時に、周りの環境が良かったこと、捉え方がポジティブなのかもしれないと感じた。個人的な話だが、男性社会の傾向がかなり強い業界で働いていたことがあり、地方の古い考え方と女性軽視の態度を幾度も体験した。何度も憤りを感じ反発することもあったが、グッとこらえて悔し泣きをしたこともある。おそらく参加者の中にもそんな体験をした人はいると思う。後半のワールドカフェでは参加者のみなさんと意見交流でどんな話ができるのだろうか。
日本や秋田の現状をインプット
ワールドカフェの前に、ソウゾウの森会議の共催である株式会社Q0の林千晶さんから、今回のテーマ設定に関するインプットトークがある。
「今の世の中で生きづらいなって普段から感じている方いますか?手を上げてください。」
周りの様子を伺いながらもパラパラと手を挙げる参加者。林さんから「どんなときですか?」と聞かれると、戸惑いながらも「同調圧力を感じるとき」「家の中の役割分担に違和感」などの声があがった。きっと忘れている、気づいていないだけで社会の中での違和感や憤りを感じることは数多くあるはずだ。
第1部のトークでは「地方で働く女性」として弊害を感じることがないという話だったが、現実は残念ながらそうではない。そのことを林さんはデータを用いながら説明していく。日本の経営者は9割が男性。女性が圧倒的に少なく、世界的にみても女性活躍のランキングは118位。また、秋田県は15~64歳女性の人口割合は全国でみると最下位。秋田県から若い女性が流出しているという結果が2022年のデータで分かる。現実を突きつけられ、前半明るかった空気がずーんと重くなる。
客観的なデータの紹介後、林さんがこのテーマを選んだ熱い思いを語る。「あなたはそれで経営者になる資格があるんですか?というような無言のプレッシャーが女性にはものすごくあるんですよ。だから私は、できるだけ男性のようにことわざや四字熟語をうまく使ってきたし、一生懸命やらなきゃ自分は経営者としてふさわしくないと思って生きてきた」と語る言葉にはたしかな実感がこもる。「でもそうじゃなかった。女性が女性らしく活躍できる社会に変えていかなくちゃいけなかったんだなと気づいて、今すごく反省してるの。」
たしかにそれは今の現状のいち要因かもしれない。けれど彼女のような女性経営者が懸命に男性社会で戦ってきたからこそ今の女性の社会進出があるはず。もし同じ立場だったら男性社会におけるマイノリティとして戦い抜くための鎧をまとっただろう。それでもやはり現状は望ましくない。今からでも良い方向に社会を変えるために、この場所と時間が設けられたのだ。
ジェンダー、またそれに限らない差異が原因で道を阻まれる社会について、ワールドカフェで話し合ってみる。
透明な「ガラスの壁」を対話し、可視化する
ワールドカフェは、少人数のグループに分かれて参加者全員が意見を交わすことでお互いの理解を深め、新たな気づきを得る対話の手法。今回は5人ほどのグループに分かれて意見交換をした。
最初のトピック「ガラスの壁(※)を感じたことがある?」について、5分間で付箋に過去の体験を書き出してグループ内で発表する。
私が参加したグループでは「会社で女性が当たり前のようにお茶くみをしている」「幼稚園や学校などのプリントに『父・母』という選択肢しかない」「PTAの会長にはなぜか男性が就く風習がある」などが挙げられる。全員が体験を元に話すのでとてもリアルに感じられる。また、人によってライフステージが異なるため、自分の想像しうる範囲に留まらない話が聞けるのが新鮮だ。
話題はジェンダーギャップに限らない。個人的には「普通や一般的といった社会的な基準に当てはまらなければならない同調圧力」という意見にとても共感した。会社員として1日8時間、週5日勤務の型で働くことを6年続けたが、自分に合わないと気づくのには時間がかかった。それが普通だからついていかなきゃと思って無理をしていたこと。これもひとつのガラスの壁だったのかもしれない。
※ 性別役割意識をもとにした職種・役職制限や育児・介護を一方的に担わせること
次に、先ほど出し合ったそれぞれの経験をもとに「そのガラスの壁を解決するためにこんなルールがほしい、自分自身もこう変えていきたい」というテーマで、アイデアを出し合う。
私が所属したグループでは「幼稚園や学校などのプリントに『父・母』という選択肢しかない」をピックアップ。ああでもないこうでもないと話すうちに、「父・母」ではなく「保護者1・保護者2」という表現なら祖父母や養子縁組など色々な家族の形にも当てはまるのではないか、というアイデアが出た。連絡がつきやすい順番に書いてもいいし、続柄が必要なのであれば自分で書けばいいよね、とチーム内でも様々なアイデアがうまれ、対話の温かさを感じた。
最後に全体で、話し合った内容について共有を行う。他のグループの発表でもたくさん話し合った痕跡が模造紙にあり、「結婚・出産で仕事を変えなければいけない」「年上に気を配らなければいけない」など社会に溢れるガラスの壁に対しての解決策を考えている様子は、社会全体がこうなれば世界はもっと良くなるかもしれないと感じさせる。
「白黒ではなくグラデーションであり、違うことが当たり前であることを認める」「読んで欲しい名前を自分から相手に伝える」「空気を壊した人をほめる!」など、ガラスの壁を壊したり、乗り越えたり、すり抜けたりするためのいろんな方法を、会場のみんなでシェアできたのはワールドカフェならではだった。
対話の先にある「だれしもが活躍できる」社会
会議の締めくくりとなるトーク。前半のパネルディスカッションで地方では働く女性として弊害をあまり感じたことがないと話していた矢野さんと山本さんは、「このワールドカフェを通して、言われてみればそうだなと気づくことや新たな発見がありました」とソウゾウの森会議を通した変化を最後に述べた。また、主催である国際教養大学の工藤先生は「ガラスの壁は目に見えず、作っている人も無自覚だから厄介。ガラスの壁を壊そうと思うのではなく工夫して乗り越えるという姿勢の方が、お互い楽しく気持ちよく過ごせるのではないかと思う」と締めくくった。
ガラスの壁を自分が感じたときや逆に感じさせてしまったとき、ただ様式として頭ごなしにルールを押し付けるのではなく、「なぜそう思ったのか?」「相手はなぜそのような行動をとったのか?」をお互いに開示して、まず理解することの大切さを今回のワールドカフェで感じた。
日常会話の中でそれができるといいが、それには勇気がいるしとっさに行動できなかったり、そもそもなぜ違和感を感じたのか自分自身でも明確にわからないことがある。人とリアルで会って対話し様々な価値観に触れることは、自分の考えを言葉にすることや相手を認め合うことにつながる。
地方に住んでいても女性であってもその他の弊害があっても「だれしもが活躍できるように」するには対話が根本にあるのではないだろうか。それには対話をする場所や、対話へのハードルを越える環境づくりが必要なのかもしれない。
人と会って、話すこと。シンプル、簡単なようでとてもむずかしい。けれど、それが社会を作る大事なベースになっていくのだろう。
まずは数字の結果で明確に出ている秋田県の人口の女性の割合を増やすところからはじめたい。「今の秋田は変わったよ。こんなに女性が活躍できるよ」と実感できるところまで社会を変えるのは、私の役割でもあり秋田に住む私たちの役割でもある。
取材・文/平石かなた 写真/星野慧 編集/加藤大雅
開催概要
【テーマ】
だれしもが活躍できるように【開催日時】
2024年10月26日(土)14:00~17:00【場所】
ヤマキウ南倉庫【ゲスト講師】
矢野淳 | 株式会社MARBLiNG 代表【地域主催者】
山本 美雪子 | 株式会社See Visions プランナー/宅地建物取引士【参加者】
28名秋田 COI-NEXT拠点 ソウゾウの森会議
主催:公立大学法人国際教養大学
共催:株式会社Q0
運営:株式会社See Visions
連携:公立大学法人秋田県立大学、公立大学法人秋田公立美術大学