雨の気配を含んだ厚い曇が空を覆い、どこか湿り気を帯びた空気が漂う7月11日。本格的な夏を前にしたこの日、第23回ソウゾウの森会議が秋田市保戸野のアトレデルタを会場に開催された。
2023年から続いてきたソウゾウの森会議は、対話を重ねるフェーズから、その思いやアイデアを具体的なプロジェクトへと育てていく新たな段階へと歩みを進めている。
現在、すでに8つのチームが自分たちのテーマを形にしようと動き始めている。今回の会議は、「思いを持続するためにどうしてたらいいのか」という問いについて、考える時間となった。
「形にする」フェーズへ
会議の冒頭、国際教養大学の工藤尚悟さんから「かたちかたちとは」の紹介がある。
これまでのソウゾウの森会議で大切にしてきたのは、「暮らし方から働き方を考える」という視点。どんな仕事があるかではなく、どんな暮らしをしたいのか。その問いを起点に、自身や地域の未来について考えてきた。そうした対話の積み重ねのなかで生まれた「やってみたい」が、いよいよ具体的なプロジェクトとして動き始めている。
「かたちかたち」という名前には、さまざまな「かたち」で思いを実現しようとする“人たち”への思いが込められていると語る工藤さん。
また、思いを実現する方法は一つではなく、それぞれにふさわしい「かたち」があることも、この名前に重ねられている。ものをつくる人がいる。仕組みをつくる人がいる。場をつくる人もいれば、イメージを具体化する人もいる。そのアウトプットは人それぞれでいい。大切なのは、思いをかたちにしていこうとすることだ。
印象的だったのは、工藤さんが描いたコミュニティの姿。誰かが「こんなことをやってみたい」と話したときに、「そんなことをしても変わらない」ではなく、「いいね。それなら自分はこんなことができるよ」と、きちんと反応しあう関係性。そんな場が地域に増えていけば、新しい挑戦はもっと生まれやすくなる。
こうした対話の積み重ねから生まれたプロジェクトの種も、すでに動き始めている。

デザインもまた、育っていく
続いて、デザイン事務所mi e ruの渡辺恵さんより、「かたちかたち」のV.I.が紹介された。V.I.(ヴィジュアル・アイデンティティ)とは、企業やブランド、プロジェクトの価値や理念をロゴ、色、フォント、写真表現などの視覚要素を通じて伝えるための仕組みのこと。

ソウゾウの森会議が始まった頃から、事務所を主宰する秋田公立美術大学の石川昌さんとともに関わり続けてきた渡辺さんが今回大切にしたのは、デザインありきではなく、活動とともに育つ仕組みを設計したことだったという。
「かたちかたち」という名称は、「かたち」とそれを生み出す「人たち(”かたちか”たち)」という二つの意味を含んでいる。一人ひとりの思いや活動のあり方が異なるように、その表現も一つである必要はない。込められた意味をふまえてつくられたロゴも、定まった一つの形状ではない。縦に並んでもいい。横に並んでもいい。テーマによって表情を変えてもいい。さまざまな形が共存しながら、同じ世界観を共有する。
その考え方は、まさに「かたちかたち」そのものだ。参加するチームごとにテーマが異なり、辿る道筋も異なる。しかし目指しているのは、それぞれの思いを地域の中で形にしていくこと。その多様性を受け入れるため、デザインもまた固定されることなく変化を前提としている。
発表後のコメントで、株式会社Q0の林千晶さんはこう語った。
「25年以上デザインの仕事に関わってきた中でも、これほど自由度が高く、それでいてしっかりと成立している仕組みはなかなかない。秋田だからこそ生まれた自由なデザインの仕組みなのかもしれない」そんな言葉からも、このV.I.への大きな期待がうかがえた。

イノベーションは一人では生まれない
続いて、今回のゲストであるCIC Japan会長の梅澤高明さんによるトーク。
冒頭、日本のスタートアップを取り巻く現状紹介では、日本は科学技術の集積という点では世界有数のポテンシャルを持ちながらも、その成果を新たな事業や社会実装につなげる仕組みが十分に機能していないと指摘する。これまで日本では、研究者としての道を進むか、大企業の研究開発部門へ進むことが一般的であり、研究成果を事業へとつなげる「起業」という道は十分に広がってこなかったという。
一方で、現在のイノベーションは一人の研究者や一つの企業だけで生み出せるものでもなくなっているとも語った。大学、企業、行政、投資家、地域のプレイヤーなど、多様な立場の人たちが出会い、対話を重ねるなかで、新しい組み合わせが生まれる。その「新結合」こそが、新しい事業や価値を生み出す原動力になるのだという。
そのために重要なのが、人と人が偶発的に出会い、新たなつながりが生まれる「場」の存在。梅澤さん自身が運営に携わるCICもまた、異なる専門性や背景を持つ人たちが集い、交流することで新たな挑戦を生み出す拠点として機能している。
また、梅澤さんは、生成AIの登場によって、課題に対する答えそのものは誰もが簡単に得られる時代になりつつあると語った。そのなかで差を生むのは、アイデアの有無ではなく、それをどれだけ早く実行し、社会実装できるかであるという。
人と出会い、新しい組み合わせを生み出しながら、多様なステークホルダーを巻き込み、実装していくこと。その積み重ねが、社会を変える取り組みにつながっていく。梅澤さんの話は、これから「かたちかたち」に集うプロジェクトが目指す方向性とも重なるものだった。

秋田で挑戦すること、世界とつながること
梅澤さんのトークセッション後には、その話を秋田の文脈へ引き寄せながら、工藤さん、林さんを交えたクロストークが行われた。議論の中心となったのは、「地域で生まれた思いや活動を、どう持続可能な形にしていくのか」という問いだった。
林さんは、今回立ち上がり始めたプロジェクトを、1年で終わらせたくないと語った。5年後、10年後も続いていくものにするためには、思いだけではなく、それを支える仕組みが必要になる。自分たちが大切にしたい活動を続けるための方法を考え、関わる人たちが無理なく参加し続けられる循環をつくること=事業化と、かたちかたちでは定義されている。

梅澤さんもまた、地域のプロジェクトには、急成長を目指す事業とは異なる育ち方があると語った。売上や利益の大きさだけではなく、その活動が地域のコミュニティにどのような良い影響を与え、関わる人たちの幸せを増やしていけるのか。そうした視点を持ちながら、長期的に応援してくれる投資家や事業パートナー、顧客とともに育てていくこと。時には、顧客自身が活動を支える存在になることも、地域で事業を続ける一つのあり方だという。
一方、工藤さんは、地域で生まれた実践を「翻訳可能なものにすること」の重要性を語った。秋田だけで理解される実践ではなく、遠く離れた地域の人にも「それは自分たちの課題でもある」と感じてもらえること。その価値を翻訳し、他地域との新たな対話や共感につなげていくことも、このコミュニティの大切な役割ではないかと語った。

それぞれの問いを持ち寄る
クロストーク終了後、参加者同士が少人数のグループに分かれて問いを考え、全体の場で対話を行う時間が設けられた。
地域の文化活動をどのように事業として持続させるのか、秋田の魅力や地域資源をどのように外の人へ伝えていくのか。対話の中でさまざまな問いが生まれた。
参加者の一人から語られたは、雪かきを手伝い、そのお礼として山菜を分けてもらうといった経験のように、秋田には今も、お金のやり取りだけでは測れない関係性が残っている。だからこそ、「残したい関係性」と「持続させるための仕組み」をどう両立するのか。その問いもまた、「かたちかたち」が向き合うテーマのひとつなのかもしれない。
参加者の発言を聞いた梅澤さんは、「新しいアイデアは人との出会いから生まれる」と語った。自分と同じような価値観を持つ人との対話だけではなく、人と出会い、新しい価値観に触れること。その積み重ねが新たな挑戦を生み出していく。だからこそ、秋田の外、世界ともつながっていくことが重要なのだという。

思いを持続するために
最後に梅澤さんは、参加者へこんな言葉を投げかけた。
「美しい思いは美しい。でも形にし、持続できないと、インパクトはつくれない。」
対話から始まったソウゾウの森会議は、今、「かたちかたち」という新たなステージへ進み始めている。対話から生まれた思いを、実践へ。そして、その実践を一過性のものではなく、続いていく仕組みへ。「かたちかたち」は、そんな挑戦のはじまりなのかもしれない。
取材・文/宮田佳奈 写真/渡部晃三 編集/加藤大雅
開催概要
【テーマ】
「かたちをつくる視点を知る」【開催日時】
2026年7月11日(土)13:00~16:00【場所】
Atle DELTA【参加者】
25名
秋田 COI-NEXT拠点 ソウゾウの森会議
主催:公立大学法人国際教養大学
共催:株式会社Q0
連携:公立大学法人秋田県立大学、公立大学法人秋田公立美術大学