活動報告

それぞれの暮らしよさを求めて(第15回ソウゾウの森会議・開催報告)

新たな地での新たな生活。進路選びやキャリア選択の影に埋もれがちな、重要な選択がもう1つある。「どんな地域に暮らし、どんな家に住むか」だ。

朝「行ってきます」と家を出て、目に飛び込んでくる景色はどんなものだろう。休みの日にお茶を淹れ、ふとリラックスしたときに聞こえてくるのはどんな音だろう。あのお気に入りのテーブルは置けるか、友人を招いて食事のできる広さか。帰宅時、最寄りの駅に降り立つと、聞こえてくるのは蛙の大合唱か、それとも陽気なアーケードに流れるBGMか。

どんな地域、どんな家に住むかはすなわち、どんな日々を過ごしたいかである。ライフステージの変化や移住に際する家選びは現在、ボックスにチェックを入れ、家賃や築年数、職場からの距離でフィルタリングする画一的な物差しで測られたものが主流である。しかし、その地域や物件にしかない魅力、自分が暮らしたときの可能性で選ぶことも選択肢の1つではないだろうか?

9月の最終土曜日、大館市で開催された第15回ソウゾウの森会議のテーマは「家〜私の暮らしをつくる〜」。ホストを務めるのは元・大館市地域おこし協力隊で、現在は空き家の利活用に取り組む「NPO法人あき活Lab」を運営されている三澤雄太さん。日本全国で課題となりつつある空き家を切り口に、自分にとっての「暮らしよさ」を省みる機会を取ろう。

移住者に開かれた粕田地区

昼過ぎ、今回の待ち合わせ場所であるJR大館駅のロータリーに到着する。三澤さんに名前を告げ、大型バスに乗り込みまず向かったのは、大館市中心部から車で約15分のところにある粕田地区だ。

まず訪れたのは「酒こし舞」という名の農家民宿。玄関前で、旅行者が宿泊の記念に描いたブロック塀の絵たちを眺めながら待っていると、オーナーである山内俊隆さんがスタスタと後方から現れる。「はい、入って入って」と親戚のように呼びかけてくれる山内さんは、地域の町内会長であり、習字の先生も務めるという多才な人物。

地域での役割もあり、日頃から若い世代との交流や客人をもてなすことが好きだという山内さん。これまで農家民宿を続けてこられたのも、その喜びが大きいからだという。母屋の奥へと伸びる大きな庭を案内される中で、突然「これ甘いぞ」と試食させてもらった葡萄。自分自身がまるで親戚の1人であるように感じられ、「また友人を連れて来たい」と温かい気持ちになった。

続いて見学したのは、酒こし舞から歩いて徒歩2分のところにある「山福亭」。この地域で、杉の育苗や酒麹の販売を担ってきた家で、築80年という建物は佇まいからして風格がある。案内してくれたのは、大館市林政課の地域おこし協力隊を務める村岡幸成さん。大館に移住する前は関西で30年に渡り建築に携わっていたが、外国産の建材ばかりが使われる業界の現状に疑問を抱き、自伐型林業(※1)を受け継いできた秋田県に興味を持ち、移住を考えて大館市を訪れたという。

その際、地域案内や物件紹介を担ったのが、行政とも連携して活動する三澤さん。山福亭も、その大館ツアーの一環で訪れた。「この建物を見た時、さぶいぼが出た(※2)」と村岡さん。その歴史や地域での役割を知れば知るほど、村岡さんの中に「この場所をより多くの人に知ってもらいたい、訪れてもらいたい」という想いが湧いてくる。ここ大館でなら、林業に携わりながら自らが魅力だと思うものを次世代に発信し、継承することができる。そんな想いが移住につながった。

山内さんをはじめとする地域の方々が日々手入れをし維持管理をしていたからこそ、山福亭のような価値ある建物が、雑草や枯れ木に隠れることなく村岡さんの目に留まったのだろう。とはいえ、徒歩圏内にコンビニやスーパーはなく、車がなければ街中から時間のかかる不便な場所である。しかし、既に地域で想いを持って活動しているロールモデルがいること。また、何か困ったことがあれば助け合える仲間がいること。このような粕田の当たり前が、村岡さんに「ここにしよう」と決意させたのだろうと、地域をめぐり人に話を聴く中で気づいた。

※1 大規模化を進め皆伐を行う従来型の林業ではなく、小規模で間伐によって残した木の品質ひいては山の価値を高め、山へのダメージも抑えることができる持続可能な林業形態
※2 関西における「鳥肌が立つ」の意

よそのまね、せずともある土地の価値

アットホームな粕田地区をあとにして、再びバスに乗り込み10分ほど移動。国指定名勝(※3)である文化遺産「鳥潟会館」へ。ここが第2部の会場となる。

約5年の歳月をかけて延べ1,000人を超える京都の大工・左官職人たちによって造られたという庭園を抜け、会館である「旧鳥潟家住宅」へとたどり着く。18世紀中頃に建てられ、1936年に現在の場所に移設、増改築を繰り返したという建物。秋田県の観光ポスターにも採用された囲炉裏や、鳥海石の沓脱石、鶯張りの廊下など随所に見どころがある。築年数を感じさせない状態で保存されており、地域の方々が協力して維持し、大切にしてきた重みが感じられた。

第2部は、広島県尾道市で「NPO法人尾道空き家再生プロジェクト」の代表理事を務める豊田雅子さんの講演からスタート。豊田さんは、尾道に生まれ育ったが、最初から魅力を感じていたわけではなく、大学進学を機に大阪へ。卒業後は旅行会社に就職した。海外旅行の添乗員として充実した日々を送っていたが、仕事で海外の街々を訪れる中で故郷の見え方が変わっていく。坂や路地の多い尾道は車で移動できず不便であるが、土地を生かすための建築技法や限られたスペースで生活する知恵など、尾道らしい魅力に目が向くようになり、帰省のたびに空き家探しをするようになる。

結婚や出産を経てライフステージに変化が訪れ、尾道へのUターンも現実味を帯びてくるが、なかなか物件は見つからない。斜面に立ち並ぶ、海のみえる尾道らしい物件がいいなと探すものの、不動産屋を訪れても取り扱いがない。調べていく中で、空き家が利活用されない理由としてよくある、家財等の片付けが面倒で放置されているという状況に加えて、狭く入り組んだ地形が災いして改装するにも取り壊すにも費用がかかるため進まない、という尾道ならではの課題があり、まちとして可能性がありながらも身動きの取りにくい状況となってしまっていることに気づく。

そんな状況下での物件探しは当然難航したが、豊田さんの足を使った根気強いリサーチもあり「良い」と感じる物件に巡り合う。その建物は、海が見えず理想とは異なっていたが、中を見せてもらったときに造りの面白さを感じたり、80代の大家さんの悩みを聞いたりしているうちに買い取ることを決める。その後、取得や改装といった過程でもさまざまな問題が持ち上がったが、周りの人の手を借りながら一歩ずつ進めていった。

※3 ソウゾウの森会議直後の10月11日、官報号外第238号で告示され、秋田県の庭園として3件目となる国指定名勝となった

課題、縛りをクリエイティブに乗り越える

自身の経験をふまえて、情報があまり存在しない尾道の空き家利活用について発信をしたところ、ブログには100件を超える問い合わせが舞い込んだ。アクセスが難しくなっていただけで、尾道を「暮らしよい」と感じる人たちは確かに存在していたのだ。そこで彼女は、仲間とともに「尾道空き家再生プロジェクト」を立ち上げ、空き家の利活用をオープンに考える「空き家談義」、家財のフリマである「チャリティ蚤の市」、建築家などの専門家と連携した「空き家再生ワークショップ」など、クリエイティブな施策を実施することで、たくさんの人が参加するムーブメントを起こしていった。その結果として、 大小200軒を超える空き家が再生され、利活用されている。

左:空き家談義 右:空き家再生ワークショップの様子(写真提供 豊田雅子さん)

障壁となっていた車の入れない坂や路地、大きな開発のできない土地や物件など、尾道の特徴ある課題や縛りはひるがえって移住者を呼び込み、観光客を魅了する価値となっている。同じ場所に身を置き続けていれば見えなかったかもしれない尾道の価値。異なる文化や町への旅を通して気づき、変化を起こすために行動することで、流れの止まっていた古民家や小路に新たな風が吹いた。

豊田さんが推進してきた、地域の文脈や法的な制約の中での空き家を再生する大変さは想像を超える。けれど、そうやって積み上げられてきた歴史をふまえて、まちの新しい側面を創っていくからこそ、残り伝わる価値がある。秋田に目を向けても、各所でそういった動きは確かに起きていると感じる。壊すのではなく、既存の価値を再発見していくような取り組みがきっとこれからの主流だ。

それぞれの「暮らしよさ」を持ち寄って

時間の都合上、予定していた対話型のワークは実施できなかったが、三澤さんからワークシートの紹介がある。帰路のバス車内、席近くの参加者と配布されたシートをもとに話をする。居住環境や生活様式を起点とするマインドマップをつくるという内容に沿って、それぞれの暮らしに欠かせない物事をキーワード的に出していく。居住環境から連想すると「広いキッチンが欲しい」「ホームシアターを備えたい」「縁側でゆっくりできる家がいい」といった空間や設備に関するものが出る。生活様式には「家庭菜園がしてみたい」「通勤通学は車が良い」「DIYのできる小屋が欲しい」など、個人の趣味嗜好が表れる。ワークシートを広げ指差しながら話していくと、それぞれの理想の暮らしが明らかになる。

一言に理想の暮らしといっても、最寄り駅まで徒歩3分がいいという人もいれば、自然へのアクセスを重視し、週に1回のスーパーへの買い出しができればいいと考える人もいる。築浅であること、公共交通機関が整っていること、コンビニが徒歩圏内で24時間営業していること。これらは誰もが頷く「暮らしやすさ」だろう。しかし、尾道での暮らしのように不便があるからこそ生まれる景観やコミュニティがあり、豊田さんのようにそれを「よい」と感じる人もいる。「暮らしよさ」は1つのものさしでは測れないと気づく。

行政職員をしているという方は、「仕事によってある程度生活の場所や時間が決まるからなかなか融通は効かないよね」と漏らしていた。山内さんや村岡さんのように、仕事と生活の境界線がゆるやかなほど、嗜好する暮らしを築きやすかったりするのかもしれない。地域おこし協力隊の方は、ある人の「暮らしよさ」が誰かにとっての価値になることもあるのではと発言していた。酒こし舞での、決められた時間に皆で食卓を囲み、ストーブを焚いた部屋で何枚も重ねた毛布に身を包み寝る生活は、山内さんにとっては当たり前の暮らし。一方で、それは大館を訪れる人にとって価値ある体験となる。

家や地域に求めるものの言語化から始まり、働き方や日常の過ごし方の違う人々と対話することで、自身が抱いている理想を、どんな家、どんな地域に求めるか鮮明になった気がする。

選び取る、自身の「暮らしよさ」

粕田での生活を当たり前に続け、受け継いできた山内さん。30年関西で過ごし、秋田へ越してきた村岡さん。一度は地元を離れ都市で暮らしたが、Uターンし、尾道で暮らしを築く豊田さん。それぞれ、フェーズの移り変わりや嗜好の変化があり、それぞれの暮らしよさを選びとってきた。

今、自分が求めている「暮らしよさ」、またその延長線上にある職や生業はどんなものなのか。その問いは、異なる環境を経験し、年代や人生フェーズの異なる人々と対話することで鮮明になっていく。40名の多種多様な参加者との旅や対話を通じて耕されたのは、凝り固まっていた「暮らしよさ」に対する私たちの考え方そのものだったかもしれない。

取材・文/大橋修吾 写真/星野慧 編集/加藤大雅

開催概要

【テーマ】
家〜私の暮らしをつくる〜

【開催日時】
2024年9月28日(土)12:30〜17:00

【場所】
大館市粕田地区/鳥潟会館

【ゲスト】
豊田 雅子 | NPO法人「尾道空き家再生プロジェクト」代表理事

【地域主催者】
三澤 雄太 | NPO法人あき活Lab 理事長

【参加者】
40名

秋田 COI-NEXT拠点 ソウゾウの森会議
主催:公立大学法人国際教養大学
共催:株式会社Q0
運営:NPO法人あき活Lab
連携:公立大学法人秋田県立大学、公立大学法人秋田公立美術大学

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